カテゴリー「秩父三十四札所巡礼」の記事

2018-05-09

秩父三十四観音札所巡礼

秩父三十四観音札所巡礼
徒歩巡礼

1番 誦経山 四萬部寺 聖観世音菩薩
(2006 5月 23日~26日)

秩父の札所を徒歩で巡るにあたっての振り出しはここから始まります
観音堂は県指定文化財で1699年に造られ寺名は幻通が四萬部の
経典を収めたことに由来しています (関東三大施餓鬼)
一番から二番へは長い山道を登っていきます

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2番 大棚山 真福寺 聖観世音菩薩
鬼丸観音と呼ばれていました
消失する前は7堂俄伽藍があったそうです
高篠山の中腹300mの所に建っていて
西国 坂東 秩父と合計百ケ寺となった際に加えられたお寺です

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3番 岩本山 常泉寺(岩本寺) 聖観世音菩薩
観音堂は秩父神社の薬師堂を移築されました
寺宝となっている子持ち石は高さ30cm程ですが
形が赤ん坊そっくりなので子宝の欲しい人が全国から訪れます

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4番 高谷山 金昌寺(新木寺) 十一面観世音菩薩
ここには1319体の石仏があり県指定文化財になっています
慈母観音像は子育て観音とも呼ばれて特に有名です

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石仏の下絵を描いたのは喜多川歌麿だともいわれ
これは隠れキリシタンのマリア観音だと言う人もおられるそうです

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5番 小川山 語歌堂(長輿寺)
 准胝観世音菩薩

寺名は村の風流人であった本間孫八氏が旅僧と和歌について
一晩語り明かした堂という事に由来しています
本堂では横瀬人形芝居(ふくさ人形)が演じられ
地元の人に親しまれています

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6番 向陽山 卜雲寺 聖観世音菩薩
ご本尊は武甲山山頂の蔵王権現社に祀られていたのを移しました
昔武甲山に棲んでいた身長3mの山姥が里人に危害を加えていたが
行基の祈祷で降参し前歯一本と奥歯二本を折って差し出したという
山姥の歯が残されています

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 7番 青苔山 法長寺 十一面観世音菩薩
観音堂は牛伏堂といいます
本堂は江戸時代に活躍した平賀源内の設計によるものとされ
秩父札所中最大のものです
上部欄間のにある朱塗りの彫刻も源内の作とされていますが
撮影は禁止です

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8番 清泰山 西善寺 十一面観世音菩薩
西方浄土にいる阿弥陀三尊を祀ることから
「ボケ封じの寺 安楽往生の寺」とされています

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樹齢600年の「コミネモミジ」は高さ9m枝ぶり20mで
県指定天然記念物です
紅葉の時は多くのカメラマンが来られるそうです

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9番 明星山 明智寺 如意輪観世音菩薩
本堂は平成二年に建立された六角堂で
本尊は安産子育ての観音様として知られていて
玩具類の奉納も多く見られます
又目の病いにも霊験があるといわれています

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10番 萬松山 大慈寺 聖観世音菩薩
本堂や楼門造りの仁王門は江戸後期の作です
子育て観音も人気ですが「おびんずる様」は身代わりとして
体の痛いところをさすると治るとと言われています
境内から眺め下ろすと1番から10番まで繋がっているのが解ります
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11番 南石山 常楽寺 十一面観世音菩薩
観音堂は明治11年の秩父大火災で焼失後再建されました
行基作と伝えられる1mばかりの立像は病気平癒と長寿祈願
とに霊験あらたかと云われています

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12番 仏道山 野坂寺 聖観世音菩薩
花木が沢山ある綺麗なお寺で木像が多くあります
寺の後ろの羊山公園は桜の名所で武甲山資料館や
植物園などがあります

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13番 旗下山 慈眼寺
 聖観世音菩薩
秩父の大火災で焼失後20年かけて再建されました
眼の守り本尊と伝えられていますし 
又7月8日の縁日はよく雨が降るので
「あめ薬師」ともいわれ「飴」を売る屋台で賑わいます

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14番 長岳寺今宮坊
 聖観世音菩薩
明治時代まで今宮神社と神仏習合していました
昔はこの寺で身を清めて巡礼に出たといいます
  市内を流れる荒川です
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15番 母巣山 少林寺 十一面観世音菩薩
明治維新の神仏分離で五葉山少林寺が
現在の場所に移転して札所を継承することになりました
本堂の境内に秩父事件で殉職した二人の警察官の墓があります

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16番 無量山 西光寺 千手観世音菩薩
外観は簡素ですが堂内は釈迦如来の涅槃図や
十大弟子 多くの動物の浮き彫りが見事です
両手で文字を書かれる実演を見せて頂きました

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17番 実正山 定林寺 十一面観世音菩薩
昔は札所の一番でその頃は発願寺にふさわしい規模だったとか
平将門の子孫壬生良門の忠臣林太郎定元の墓があることから
土地の人は林寺とも呼んでいます

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18番 白道山 神門寺 聖観世音菩薩
昔は神社でしたが荒廃したので村人が再建しようと神楽を
奉納したところ巫女の霊感により寺を建てることになったいう
巡礼の時橋の上で杖をついてはいけないのは弘法大師様が橋の下で
夜を明かされからだとか・・・

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19番 飛淵山 龍石寺 千手観世音菩薩
この観音堂は大きな岩盤の上に建っています
昭和30年代傷みがひどくなり地元青年部が東京まで
托鉢に出て浄財を集め銅版葺きの本堂が造られました
本尊の千手観音座像は室町期のもので
弘法大師作と云われています

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20番 法王山 岩之上堂 聖観世音菩薩
江戸時代から今に続く旧家 内田家の所有
観音扉の裏には日天 月天 風神 雷神とともに
極彩色で三十三観音の彫刻があります

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21番 要光山 観音寺(矢之堂) 聖観世音菩薩
「火伏せの観音様」と云われています
寺の背後は長尾根丘陵が続き
武甲山の山容を眺めながら歩きます

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22番 華台山 童子堂 聖観世音菩薩
正式には永福寺といいますが子供にまつわる伝説が多い事から
童子堂(わらべどう)という呼びかたが著名になりました

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台座の上の地蔵尊は上の萱葺き屋根の仁王門と共に
秩父巡礼のパンフレット等にも出てくる有名な風景です
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23番 松風山 音楽寺 聖観世音菩薩
音楽寺と云う現代的な名は松の梢を吹く風の音から
付けられたそうです
新人歌手や学校の吹奏楽員などが祈願に訪れます

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尾根丘陵にあるこの寺へは狭い山道を登ると
15体のお地蔵様が並んでいます
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24番 光智山 法泉寺 聖観世音菩薩
白山観音と呼ばれています
遊女が口中の病に苦しんでいた際秩父から来た僧に
「白山観音を信じるべし」と貰った一本の楊枝を使うと
たちまち快癒したことから
病気治癒の観音様といわれています

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25番 岩谷山 久昌寺(御手判寺) 聖観世音菩薩
池の向かい側に久昌寺の本堂と弁天堂が向かいあっています
寺宝の御手判石は閻魔大王が爪で彫ったという蚊取り線香の
ような模様がついています

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ここは雪景色が美しくカルラマンの人気スポットとか・・
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25番から26番までの道しるべ

26番 萬松山 円融寺(岩井堂) 聖観世音菩薩
本堂は間口8間と大きく鎌倉時代の勝軍地蔵等の
仏像があります

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300の急な階段を登っていくと懸崖造りの
観音堂があります
江戸中期の建物で回廊つきになっていて
岩場の斜面に組み込まれています
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舞台で一休みです


27番 龍河山 大淵寺(月影堂) 聖観世音菩薩
月影清らから丘陵にあるので月影堂とも呼ばれています
延命水があり一口飲むと33ケ月長生き出来るとか
皆で沢山飲みました

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高さ16.5mの観音様はコンクリート製で
昭和11年に建立され 大船 高崎 と併せて
関東三大観音として親しまれています
左手に握っているのは剣です

28番 石龍山 橋立堂 馬頭観世音菩薩
馬頭観音が本尊になっているのは大変珍しく
秩父 坂東 西国の百観音のうちここと
西国の松尾寺だけです
背後は武甲山で全山石灰石層で長年採掘が続いていて
セメントや肥料スレートの基材として
私達の生活に役立っています

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29番 笹戸山 長泉院(石札堂) 聖観世音菩薩
枝垂れ桜の名所になっています
山号の笹戸山は小笹が生い茂って
戸のようになっていた岩屋から
本尊の聖観世音が発見されたと言う伝説からです

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途中林檎畑があり小鳥が網に掛かってもがいているのを
私が見つけました
もたもたしてる間にお仲間の方がグイッと掴んで
もう一人の方がハサミを持っていたので
羽や足に絡まった糸を切って放してあげました
暴れる小鳥が怖くて掴めなかった私の意気地なさを
再認識したと同時に
彼女の勇気に大いに敬服したのでした

30番 瑞龍山 法雲寺 如意輪観世音菩薩
本尊は鎌倉の建長寺道隠禅師が中国から取り寄せた
渡来仏で通称「楊貴妃観音」として知られています
玄宗皇帝が絶世の美女楊貴妃の供養にと自ら彫り上げ
密教僧不空三蔵に開眼させたものと伝えられています
年に一度4月18日の縁日に御開帳ですが
どんなに美しいが是非見てみたいですねぇ

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秩父は丁度紅葉が見頃で色鮮やかで綺麗でした

31番 鷲窟山 観音院 聖観世音菩薩
秩父34霊場の中でもっとも難所に立つ寺です
観音堂は標高698mの観音山の中腹にあり急坂を登ります

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岸壁には多くの仏が刻まれています
磨崖仏と呼ばれる自然の石に彫られた仏像は
関東地方では珍しいものです
奥の院への道には薄暗い岩窟にさまざまな姿の
石仏が並んでいてその数十万八千体ともいわれています
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32番へは大日峠を越えていきます
熊も出没したそうで皆で唱歌を歌いながら歩きました
歌は静かな山に染み入るように響きとても素敵でした
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大日峠には二体の大日如来様が迎えてくださいました

32番 般若山 法性寺 聖観世音菩薩
舞台造りの観音堂に祀られているのが行基作の観音様ですが
船に乗り笠を冠り手に櫂を持っているので
「お船観音」と呼ばれています

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33番へは県道を延々と歩きますが
こんな道は結構疲れるものです
先頭集団から離されて・・

33番 延命山 菊水寺 正観世音菩薩
本尊は県文化財指定の桧の一本造りで
藤原時代の秀作といわれています
本堂の欄間には子返し「間引き」を戒めて
貧しさ故に我が子を殺す悲惨な風習が
絵入りで書かれていました

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菊水寺からいよいよ札立峠へ向かいます
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33番から34番への札立峠越えは約9キロ・・・
息切れしました~
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下山途中のお地蔵様に迎えられた時はほっとしました

34番 日沢山 水潜寺(結願) 千手観世音菩薩
水潜寺は秩父札所34番であるとともに
西国 坂東と合わせて百観音結願寺でもあります
名の起こりは岩屋の清水で巡礼を終え
身を清めて俗世に戻る事からとか・・・
峠道から水潜寺が見えた時は達成感で
胸がいっぱいになりました

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峠越えから見えた水潜寺
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参道には34観音が並んで見送ってくださいました
 
徒歩巡礼は辛い時もありましたがそれぞれの人生を
語りあいながら助け合い譲り合って歩き
私にとっては大変意義深いものとなりました。
簡単に解説を添えましたが間違いなどありましたら
お知らせください。
 
追伸 この巡礼は朝 宿から前日の最後の寺へ戻って
準備運動をしてから続きを歩きましたので
行程を飛ばす事はありませんでした。