カテゴリー「西国三十三札所巡礼」の記事

2018-05-07

西国三十三観音札所巡礼 満願と善光寺

西国三十三札所巡礼 
 
 一番 那智山 青岸渡寺 如意輪観世音菩薩
和歌山県勝浦町
西国一番の札所は450の階段を上ったところにあり
本堂は柿葺の重厚な建物 推古時代から6回建て替えられたもの
那智山は昔仏道と神道が合体し役行者の修験道の根本道場で
弘法大師や伝教大師が参籠するに至って
霊場として崇敬されるようになった

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すぐ隣にある那智大社
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那智大滝
 
 
 二番 紀三井山 金剛宝寺護国院 十一面観世音菩薩
和歌山市
通称紀三井寺は枯れることのない三つの井戸が
あることからつけられ
二体の観音様と帝釈天は重文に指定されている

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本堂までの坂は230段
豪商の紀の国屋文左衛門は大変親孝行で
母を背負ってお寺に参拝した
石段の途中で下駄の鼻緒が切れて困っていたら 
かよという娘が通りかかり 鼻緒をすげ替えたのが縁で結婚した
そこでこの坂を結縁坂といいわれるようになった
かよの実家の出資金によるみかん船で大儲けをしたという
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テレビや新聞の開花宣言はこの桜から            橋杭岩

 三番 風猛山 粉河寺(こかわでら) 千手千眼観世音菩薩
和歌山県紀ノ川市
無病息災子孫長久のお箸が有名
庄屋の娘が病の時童子が現れ祈祷して重病を治してくれた
「もし用があったら粉河を訪ねよ」といってかよの箸箱を持ち去った
翌年訪ねると小堂の観音様の手に娘の箸箱があった

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名勝粉河庭園は桜や躑躅でも有名 一万五千坪の境内

 四番 槙尾山 施福寺  十一面千手千眼観世音菩薩
大阪府和泉市
昔最盛期には一山八百坊 三千余りの僧がいた

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弘法大師が20歳の時剃髪された愛染堂
この寺へはバスを降りて少し登ると「ここより八丁」
の看板がありかなりの難所
 
五番 紫雲山 葛井寺(ふじいでら) 十一面千手千眼観世音菩薩
大阪府藤井市
荒廃していた寺を嘆いて藤井安基が大修理を行い
この時から藤井寺と呼ばれるようになった
日本最古の天平時代の仏像が安置されている

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六番 壺坂山 南法華寺 千手観世音菩薩
奈良県高取町
通称壺坂寺は眼病に霊験あらたかな寺で
「壺坂霊験記」の盲目の沢市の目を治すため
妻の里がこの寺に祈願して開眼するという
お里と沢市の夫婦愛の物語もこのお寺が舞台になっている

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七番 東光山 岡寺 如意輪観世音菩薩
奈良県明日香村
正式名は「龍蓋寺」で一説によるとこの山に出没して
農民を苦しめていた悪龍を義淵僧正が池に封じ込め
大石で蓋をした事から名づけられた

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八番 豊山 長谷寺 十一面観世音菩薩
奈良県桜井市
約400段の石段を上ると70余りの堂塔伽藍がある美しい寺で
本堂は東大寺に次ぐ大きさ。

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「だだ押し」という火祭りが行われる
閻魔大王の杖で押してもらえば悪魔を退散させ
無病息災を得る事が出来る
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回廊から外舞台へ出れば眺めは絶景

九番  興福寺 南円堂 不空羂策観世音菩薩
奈良市登大路町
興福寺は文化財の宝庫で約5千点にも上るといわれている
藤原一族の氏寺で五重塔は古都奈良に欠かせない風景

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南円堂の観音菩薩様は獣を捕らえる網と魚を釣り上げる糸を持って
人々を救いすべての願いを叶えて下さる観音様

十番 明星山 三室戸寺 千手観世音菩薩
京都府宇治市
平安期には大いに栄えた寺だったが1460年に
火災によりすべて消失 本堂は信長の兵火等で
数度建て替えられた

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参道のかたわらの「浮舟の古墳」
優しい薫と情熱的な匂宮の間で悩み宇治川に身を投げようとしたが
果たせず仏門に入った浮舟の話は有名
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十一番 深雪山 上醍醐寺 准胝観世音菩薩
京都市伏見区
山上近くに井戸があり開山の理源大師聖宝が山に登られた時
老翁が現れて湧き水を汲んで呑み「ああ醍醐味なるかな」
といい聖宝尊師に伽藍の建立を勧めたという
五大堂
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堂内には重要文化財に指定されている
木造五大明王が祀られ 盗難や災害よけの信仰があるとされている
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バスを降りて裏山までタクシーで行き
そこから急坂を登り  西国札所一番の難所といわれている
 
十二番 岩間山 正法寺 千手観世音菩薩
大津市石山内畑町
この寺では縁日に薬湯をたてて誰でも入る事ができる
薬湯は開山の泰澄大師が夢想で得たもので
神経痛リュウマチ冷え性に効果があるという

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小さな池は芭蕉が「古池や蛙飛び込む水の音」
と詠んだ池で句碑もたっている
晩年山つづきの国分山に居を定めて「幻住庵の記」という
作品を書いたが その頃このお寺に参籠して
この句を詠んだといわれている
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十三番 石光山 石山寺 勅封ニ臂如意輪観世音菩薩
大津市石山寺
紫式部が「月のいとはなやかにさしいでたるに・・」と
本堂の一室で源氏物語の須磨の巻から書き始めた事で有名な寺

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平安期には貴族達の遊覧の地となり石山信仰が盛んになった
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名の通り石の多い寺で女性に人気があり
月見亭からは琵琶湖も一望できる

十四番 長等山 園城寺(三井寺) 如意輪観世音菩薩
大津市園城寺町
通称三井寺は絶えることのない霊泉が境内にある
ことから「みいでら」と呼ばれ又別説では
天智 天武 持統の産湯にこの霊泉が
使われたためともいわれている

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日本の音風景百選に選ばれている鐘
 
十五番 新那智山 観音寺 十一面観世音菩薩
京都市東山区
庶民の信仰を集め隆盛を極めた寺
一般に今熊野観音寺呼ばれ後白河法皇の頭痛の持病が
祈願で平癒されたため頭痛中風の観音様として栄えた

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弘法大師がこの地に来られたとき
「ここは観音に縁のある地だから寺を建て観音様を祀り人々を救済せよ」
といわれたので名を聞いたら
「熊野権現である」といって立ち去った
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十六番 音羽山 清水寺 十一面千手千眼観世音菩薩
「清水の舞台から飛び降りる・・」でお馴染みの寺
音羽山から途切れることのない霊水は
わが国十大名水の筆頭にあげられ
金色の水とか延命水とかいわれている

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十七番 補陀洛山 六波羅蜜寺 十一面観世音菩薩
京都市東山区
六波羅とは・・布施 持戒 忍辱 精進 知恵 禅定
(助け合い ルールを守り 耐え忍び はげみ 自己をみつめ
苦楽を乗り越えて実践しなければいけない
頭で分かったというのは知恵ではない
片寄らない道を幸福に向かって進め・・・)

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平家一門の邸宅が六波羅に並び寺も栄えたが
没落に伴って寺も焼けたが仏像は庶民の協力で難を逃れ無事だった
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十八番 紫雲山 頂法寺(池坊) 如意輪観世音菩薩
京都市中京区
池坊専永家元が第45代住職としての任務も全うされている

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遣隋使としての使命を果たして帰朝した小野妹子は
名を専務と改め坊を建て宝前に花を供え
代々それが受け継がれて やがてはわが国の華道として
池坊が確立した
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六角堂は京の町の へそ といわれる中心地にあり
北側には豪壮な生け花の殿堂「池坊」がある
 
十九番 霊ゆう山 行願寺 千手観世音菩薩
京都市中京区
行円上人は激しい気性の方で狩猟を楽しみ一頭の牝鹿を射止めたが
みごもっていて痛みに耐えられず山を転げ落ち
陣痛の苦しみの中渾身の力を振り絞って子を産み
悲しい鳴き声を残しながら息絶えた
これを見た行円は身ぶるいを覚え
心から母鹿にわびる心で仏門に入りこの寺を開いた

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宝物庫に幽霊の絵馬がある
質屋に子守として雇われたおふみは毎日寺に来て
子供を遊ばせているうちに子供はご詠歌を覚えてしまった
主人に怒られたおふみは納屋に閉じ込められ凍死してしまった
両親が探すと亡霊が現れ殺されたことを告げた
両親は供養のために亡霊姿の娘の絵に鏡をはめて奉納した
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二十番 西山 善峯寺 千手観世音菩薩
京都市西京区
応仁の乱で灰塵になったが
その後秀吉や徳川五代将軍綱吉や生母桂昌院に
帰依され再建した

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二十一番 菩提山 穴太寺 聖観世音菩薩
京都府亀岡市
明智光秀の居城亀岡城のあったところで
釈迦涅槃像は有名で
皆になぜられて黒光りしていた

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この寺には安寿姫が厨子王丸に
渡したとされる5センチ足らずの肌守り観音像がある
安寿姫は入水して死ぬが厨子王は盲目の母に
巡りあい孝養を尽くし善政を敷く話は有名である
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二十二番 補陀洛山 総持寺 千手十一面観世音菩薩
大阪府茨木市
開山の政朝の父高房は漁師につかまって殺されようとしている亀を見た
「今日は縁日だ私にその亀を売ってくれないか」と
買って水中にはなしてやった
その後高房の児を誤って水中に落としてしまったが
不思議にも若君は大亀の背に乗って生還したという

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境内の池には亀がいっぱいいた
 
二十三番 応頂山 勝尾寺 十一面千手観世音菩薩
大阪府箕面市
源頼朝 梶原景時 熊谷直実ら信仰し栄えた
その後学徳兼備で名高い法然上人を受け入れ
仏道の興隆や庶民の教化につとめた

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だるまで有名な寺でいたるところにだるまが並んでいる
 
二十四番 紫雲山 中山寺 十一面観世音菩薩
兵庫県宝塚市
安産祈願のお寺で国内だけでなく
海外からの祈願者も増えている

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明治天皇の生母中山一位局が腹帯を受けられ
明治天皇を出産された
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エスカレーターがある
 
二十五番 御嵩山 清水寺 十一面千手観世音菩薩
兵庫県加東郡
標高500メートルの御嶽山は五つの峰からなつている
清水が湧き出た事から付けられた清水寺

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井戸は枯れることがなく「おかげ井戸」と呼ばれて
のぞいて顔が映ると三年長生きが出来るという
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二十六番 法華山 一乗寺 聖観世音菩薩
兵庫県加西市
本堂の天井や柱は江戸時代の納め札(木札)が
一面に打ち付けられた跡がある

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二十七番 書寫山 圓教寺 六臂如意輪観世音菩薩
兵庫県姫路市
西の比叡山ともいわれロープウェイを利用していくと
石垣の上に壮大な舞台造りの摩尼殿がある

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弁慶が鬼若丸と呼ばれていた7歳から10年間修行したのも
この寺で勉強机や弁慶の鏡井戸学問所がある
寺の境内からは遠く姫路城を望むことが出来る
 
 二十八番 成相山 成相寺(橋立観音) 聖観世音菩薩
京都市宮津市
一人の僧が修行中雪が積もって食べ物を運べなくなり
餓死寸前になった
ふと見ると狼に傷つけられた鹿が倒れていた
餓えには勝てず鹿の肉を食べてしまった
罪を観音様にお詫びをしていたところ
食べた肉は実は桧の刻んだものだった
そして観音様を見ると肩先が削り取られていた
又必死に祈ると傷が元通りに「成り合った」ことから
なりあい観音」と呼ばれるようになった

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美人の観音様として有名
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つかずの鐘・・住職が鐘を新造したが二度までも音が出ない
造り直しているときたまたま見物に来ていた母親が
赤ん坊を銅湯の中へ落としてしまった
助けることも出来ず鐘は出来上がったが 赤ん坊の悲鳴が
混ざって聞こえるので余りの哀れさに
この鐘はつかなくなった
境内横の丘からは天の橋立が見える
 
二十九番 青葉山 松尾寺 馬頭観世音菩薩
京都府舞鶴市
西国観音札所中「馬頭観音」はここだけ
開山の中国僧威光上人が諸国を行脚している時
若狭富士とも呼ばれる青葉山の美しい双峰をみて
祖国の馬耳山を思い
二つの峰が馬の耳のように見えるここを霊地と決めた

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三十番 巌金山 宝厳寺 千手千眼観世音菩薩
滋賀県東浅井郡
琵琶湖哀歌 「遠くかすむは彦根城 波に暮れ行く竹生島 
三井の晩鐘音絶えて なみすすりなく浜千鳥」と歌われている
行基菩薩が聖武天皇の願いで島を開き
弁財天と観音様を安置された

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竹生島へは今津港から船で約20分
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かわらを投げてこの鳥居をくぐらせると
望みが叶うといわれている
 
三十一番 いきや山 長命寺 千手十一面観世音菩薩
滋賀県近江八幡市
タクシーに乗り換え上ると急な石段があり
聖徳太子自作といわれる本尊がある

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境内からは琵琶湖が眺められる
 
三十二番 きぬがさ山 観音正寺 千手千眼観世音菩薩
滋賀県安土町
聖徳太子が近江の国を遍歴した時 湖の中から人魚が現れ
「殺生をし仏法を信じなかったためこのような
姿になりました 何とかお助け下さい」と哀願するので
太子が建てたのがこの寺

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三十三番 谷汲山 華厳寺 十一面観世音菩薩
岐阜県揖斐郡
西国札所巡りもここ谷汲山で満願打ち止めなる
寺伝によると奥州会津の大口大領という人が
京都で作らせた観音様を持ち帰る途中
谷汲でその像が動かなくなったため
この地を結縁の地として豊然上人と共に寺をたて
この観音様をお祀りした

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「今までは 親とたのみし おいづるを ぬぎておさむる 美濃の谷汲」
巡礼で使ったおいづるや金剛杖千羽鶴がいっぱい収められている
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満願堂
満願堂で最後の読経の時は皆 涙だった

番外
豊山 法起院
 徳道上人
札所ではないが西国の番外に入っているのは
本尊の徳道上人が西国観音霊場の創始者だからである
「極楽は よそにはあらじ 我が心 同じはちすの へだてやはある」
(幸せは遠いところにあるのではなく自分の心の中にある
あの世の蓮もこの世の蓮も違いはないから幸せな世の中にしましょう)
とご詠歌で謡われています

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番外
 華頂山 元慶寺 薬師如来
京都市山科区
花山法皇を偲ぶ寺
花山法皇は藤原氏の権力争いに巻き込まれ
策略によって出家させられたが
耐えて修行し性空上人を書写山に訪ね熊野に籠り
西国観音霊場復興の大業を成し遂げられた

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東光山 花山院菩提寺 薬師瑠璃光如来
兵庫県三田市
花山法皇が御年41歳で崩御された地
追われた法皇を慕って女房女官達が来たが
山上は女人禁制で上れない
切ない思いを琴に託し揃って弾いたところが
「琴引き坂」として残っている
女人はみんな尼になって麓に小庵を結んで住み
哀しい生涯を終えたといわれている
今も尼寺村と呼ばれ「十二尼の墓」がある

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100観音札所満願お礼参り 善光寺 (2008 1月)
 
善光寺は西暦642に創建
宗派はなく無事に100観音満願出来た時には
お礼参りする事になっています

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牛にひかれて善光寺参り・・・

昔信心の無い強欲な老婆が
川で布をさらしていたところ 何処からか一頭の牛が現れ
角に布を引っ掛けて走りだした。
布を取り戻そうと追い掛け 気がついてみるとそこは善光寺
牛の姿はなく布は如来の前にあった。
牛は如来の化身であることに気づいた老婆は
自分の不信心を悔い如来に手を合わせ
以後度々参拝に訪れたとのこと。

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お上人様の大本願                 本堂
お上人様より満願お祝いのお言葉を頂戴しました

北向観音
南を向く善光寺の阿弥陀様に相対して
北を向く観音様を御祀りしていあり
合わせて参拝すればご利益も倍増するといわれています

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百観音札所巡礼は私にとっても大きな転機でした。
お仲間さんに支えられ友人と共に無事に巡礼出来た事が 今後、生きていく上での大きな糧となればと思っています。
「完」