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2018年5月

2018-05-09

秩父三十四観音札所巡礼

秩父三十四観音札所巡礼
徒歩巡礼

1番 誦経山 四萬部寺 聖観世音菩薩
(2006 5月 23日~26日)

秩父の札所を徒歩で巡るにあたっての振り出しはここから始まります
観音堂は県指定文化財で1699年に造られ寺名は幻通が四萬部の
経典を収めたことに由来しています (関東三大施餓鬼)
一番から二番へは長い山道を登っていきます

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2番 大棚山 真福寺 聖観世音菩薩
鬼丸観音と呼ばれていました
消失する前は7堂俄伽藍があったそうです
高篠山の中腹300mの所に建っていて
西国 坂東 秩父と合計百ケ寺となった際に加えられたお寺です

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3番 岩本山 常泉寺(岩本寺) 聖観世音菩薩
観音堂は秩父神社の薬師堂を移築されました
寺宝となっている子持ち石は高さ30cm程ですが
形が赤ん坊そっくりなので子宝の欲しい人が全国から訪れます

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4番 高谷山 金昌寺(新木寺) 十一面観世音菩薩
ここには1319体の石仏があり県指定文化財になっています
慈母観音像は子育て観音とも呼ばれて特に有名です

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石仏の下絵を描いたのは喜多川歌麿だともいわれ
これは隠れキリシタンのマリア観音だと言う人もおられるそうです

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5番 小川山 語歌堂(長輿寺)
 准胝観世音菩薩

寺名は村の風流人であった本間孫八氏が旅僧と和歌について
一晩語り明かした堂という事に由来しています
本堂では横瀬人形芝居(ふくさ人形)が演じられ
地元の人に親しまれています

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6番 向陽山 卜雲寺 聖観世音菩薩
ご本尊は武甲山山頂の蔵王権現社に祀られていたのを移しました
昔武甲山に棲んでいた身長3mの山姥が里人に危害を加えていたが
行基の祈祷で降参し前歯一本と奥歯二本を折って差し出したという
山姥の歯が残されています

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 7番 青苔山 法長寺 十一面観世音菩薩
観音堂は牛伏堂といいます
本堂は江戸時代に活躍した平賀源内の設計によるものとされ
秩父札所中最大のものです
上部欄間のにある朱塗りの彫刻も源内の作とされていますが
撮影は禁止です

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8番 清泰山 西善寺 十一面観世音菩薩
西方浄土にいる阿弥陀三尊を祀ることから
「ボケ封じの寺 安楽往生の寺」とされています

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樹齢600年の「コミネモミジ」は高さ9m枝ぶり20mで
県指定天然記念物です
紅葉の時は多くのカメラマンが来られるそうです

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9番 明星山 明智寺 如意輪観世音菩薩
本堂は平成二年に建立された六角堂で
本尊は安産子育ての観音様として知られていて
玩具類の奉納も多く見られます
又目の病いにも霊験があるといわれています

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10番 萬松山 大慈寺 聖観世音菩薩
本堂や楼門造りの仁王門は江戸後期の作です
子育て観音も人気ですが「おびんずる様」は身代わりとして
体の痛いところをさすると治るとと言われています
境内から眺め下ろすと1番から10番まで繋がっているのが解ります
?

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11番 南石山 常楽寺 十一面観世音菩薩
観音堂は明治11年の秩父大火災で焼失後再建されました
行基作と伝えられる1mばかりの立像は病気平癒と長寿祈願
とに霊験あらたかと云われています

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12番 仏道山 野坂寺 聖観世音菩薩
花木が沢山ある綺麗なお寺で木像が多くあります
寺の後ろの羊山公園は桜の名所で武甲山資料館や
植物園などがあります

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13番 旗下山 慈眼寺
 聖観世音菩薩
秩父の大火災で焼失後20年かけて再建されました
眼の守り本尊と伝えられていますし 
又7月8日の縁日はよく雨が降るので
「あめ薬師」ともいわれ「飴」を売る屋台で賑わいます

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14番 長岳寺今宮坊
 聖観世音菩薩
明治時代まで今宮神社と神仏習合していました
昔はこの寺で身を清めて巡礼に出たといいます
  市内を流れる荒川です
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15番 母巣山 少林寺 十一面観世音菩薩
明治維新の神仏分離で五葉山少林寺が
現在の場所に移転して札所を継承することになりました
本堂の境内に秩父事件で殉職した二人の警察官の墓があります

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16番 無量山 西光寺 千手観世音菩薩
外観は簡素ですが堂内は釈迦如来の涅槃図や
十大弟子 多くの動物の浮き彫りが見事です
両手で文字を書かれる実演を見せて頂きました

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17番 実正山 定林寺 十一面観世音菩薩
昔は札所の一番でその頃は発願寺にふさわしい規模だったとか
平将門の子孫壬生良門の忠臣林太郎定元の墓があることから
土地の人は林寺とも呼んでいます

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18番 白道山 神門寺 聖観世音菩薩
昔は神社でしたが荒廃したので村人が再建しようと神楽を
奉納したところ巫女の霊感により寺を建てることになったいう
巡礼の時橋の上で杖をついてはいけないのは弘法大師様が橋の下で
夜を明かされからだとか・・・

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19番 飛淵山 龍石寺 千手観世音菩薩
この観音堂は大きな岩盤の上に建っています
昭和30年代傷みがひどくなり地元青年部が東京まで
托鉢に出て浄財を集め銅版葺きの本堂が造られました
本尊の千手観音座像は室町期のもので
弘法大師作と云われています

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20番 法王山 岩之上堂 聖観世音菩薩
江戸時代から今に続く旧家 内田家の所有
観音扉の裏には日天 月天 風神 雷神とともに
極彩色で三十三観音の彫刻があります

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21番 要光山 観音寺(矢之堂) 聖観世音菩薩
「火伏せの観音様」と云われています
寺の背後は長尾根丘陵が続き
武甲山の山容を眺めながら歩きます

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22番 華台山 童子堂 聖観世音菩薩
正式には永福寺といいますが子供にまつわる伝説が多い事から
童子堂(わらべどう)という呼びかたが著名になりました

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台座の上の地蔵尊は上の萱葺き屋根の仁王門と共に
秩父巡礼のパンフレット等にも出てくる有名な風景です
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23番 松風山 音楽寺 聖観世音菩薩
音楽寺と云う現代的な名は松の梢を吹く風の音から
付けられたそうです
新人歌手や学校の吹奏楽員などが祈願に訪れます

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尾根丘陵にあるこの寺へは狭い山道を登ると
15体のお地蔵様が並んでいます
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24番 光智山 法泉寺 聖観世音菩薩
白山観音と呼ばれています
遊女が口中の病に苦しんでいた際秩父から来た僧に
「白山観音を信じるべし」と貰った一本の楊枝を使うと
たちまち快癒したことから
病気治癒の観音様といわれています

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25番 岩谷山 久昌寺(御手判寺) 聖観世音菩薩
池の向かい側に久昌寺の本堂と弁天堂が向かいあっています
寺宝の御手判石は閻魔大王が爪で彫ったという蚊取り線香の
ような模様がついています

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ここは雪景色が美しくカルラマンの人気スポットとか・・
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25番から26番までの道しるべ

26番 萬松山 円融寺(岩井堂) 聖観世音菩薩
本堂は間口8間と大きく鎌倉時代の勝軍地蔵等の
仏像があります

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300の急な階段を登っていくと懸崖造りの
観音堂があります
江戸中期の建物で回廊つきになっていて
岩場の斜面に組み込まれています
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舞台で一休みです


27番 龍河山 大淵寺(月影堂) 聖観世音菩薩
月影清らから丘陵にあるので月影堂とも呼ばれています
延命水があり一口飲むと33ケ月長生き出来るとか
皆で沢山飲みました

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高さ16.5mの観音様はコンクリート製で
昭和11年に建立され 大船 高崎 と併せて
関東三大観音として親しまれています
左手に握っているのは剣です

28番 石龍山 橋立堂 馬頭観世音菩薩
馬頭観音が本尊になっているのは大変珍しく
秩父 坂東 西国の百観音のうちここと
西国の松尾寺だけです
背後は武甲山で全山石灰石層で長年採掘が続いていて
セメントや肥料スレートの基材として
私達の生活に役立っています

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29番 笹戸山 長泉院(石札堂) 聖観世音菩薩
枝垂れ桜の名所になっています
山号の笹戸山は小笹が生い茂って
戸のようになっていた岩屋から
本尊の聖観世音が発見されたと言う伝説からです

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途中林檎畑があり小鳥が網に掛かってもがいているのを
私が見つけました
もたもたしてる間にお仲間の方がグイッと掴んで
もう一人の方がハサミを持っていたので
羽や足に絡まった糸を切って放してあげました
暴れる小鳥が怖くて掴めなかった私の意気地なさを
再認識したと同時に
彼女の勇気に大いに敬服したのでした

30番 瑞龍山 法雲寺 如意輪観世音菩薩
本尊は鎌倉の建長寺道隠禅師が中国から取り寄せた
渡来仏で通称「楊貴妃観音」として知られています
玄宗皇帝が絶世の美女楊貴妃の供養にと自ら彫り上げ
密教僧不空三蔵に開眼させたものと伝えられています
年に一度4月18日の縁日に御開帳ですが
どんなに美しいが是非見てみたいですねぇ

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秩父は丁度紅葉が見頃で色鮮やかで綺麗でした

31番 鷲窟山 観音院 聖観世音菩薩
秩父34霊場の中でもっとも難所に立つ寺です
観音堂は標高698mの観音山の中腹にあり急坂を登ります

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岸壁には多くの仏が刻まれています
磨崖仏と呼ばれる自然の石に彫られた仏像は
関東地方では珍しいものです
奥の院への道には薄暗い岩窟にさまざまな姿の
石仏が並んでいてその数十万八千体ともいわれています
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32番へは大日峠を越えていきます
熊も出没したそうで皆で唱歌を歌いながら歩きました
歌は静かな山に染み入るように響きとても素敵でした
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大日峠には二体の大日如来様が迎えてくださいました

32番 般若山 法性寺 聖観世音菩薩
舞台造りの観音堂に祀られているのが行基作の観音様ですが
船に乗り笠を冠り手に櫂を持っているので
「お船観音」と呼ばれています

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33番へは県道を延々と歩きますが
こんな道は結構疲れるものです
先頭集団から離されて・・

33番 延命山 菊水寺 正観世音菩薩
本尊は県文化財指定の桧の一本造りで
藤原時代の秀作といわれています
本堂の欄間には子返し「間引き」を戒めて
貧しさ故に我が子を殺す悲惨な風習が
絵入りで書かれていました

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菊水寺からいよいよ札立峠へ向かいます
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33番から34番への札立峠越えは約9キロ・・・
息切れしました~
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下山途中のお地蔵様に迎えられた時はほっとしました

34番 日沢山 水潜寺(結願) 千手観世音菩薩
水潜寺は秩父札所34番であるとともに
西国 坂東と合わせて百観音結願寺でもあります
名の起こりは岩屋の清水で巡礼を終え
身を清めて俗世に戻る事からとか・・・
峠道から水潜寺が見えた時は達成感で
胸がいっぱいになりました

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峠越えから見えた水潜寺
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参道には34観音が並んで見送ってくださいました
 
徒歩巡礼は辛い時もありましたがそれぞれの人生を
語りあいながら助け合い譲り合って歩き
私にとっては大変意義深いものとなりました。
簡単に解説を添えましたが間違いなどありましたら
お知らせください。
 
追伸 この巡礼は朝 宿から前日の最後の寺へ戻って
準備運動をしてから続きを歩きましたので
行程を飛ばす事はありませんでした。
 


2018-05-08

坂東三十三観音札所巡礼

坂東三十三札所巡礼 
 
 1番 大蔵山 杉本寺 十一面観世音菩薩
神奈川県鎌倉市
坂東33ケ所の打ち始めはこの鎌倉最古の名刹です
観音堂は1678年に再建されたもので県の重要文化財に指定されている

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急勾配の階段には青々とした苔が生えていた
鎌倉石で造られ長い歳月で減っているので
今は使われてなく左の登り道を利用する


2番 海雲山 岩殿寺 十一面観世音菩薩
神奈川県逗子市
頼朝が生涯守り本尊とした
寺号の岩殿寺の名は境内が岩で覆われていたからと言われている
細い道を入った奥を さらに長い階段を登り
境内は紫陽花が満開だった

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3番 祇園山 安養院田代寺 千手観世音菩薩
 神奈川県鎌倉市
中央に観音様が安置されていて
尼僧姿の北条政子の木像も祀られている

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4番 海光山 長谷寺 十一面観世音
神奈川県鎌倉市
鎌倉の長谷観音は何時も多くの参拝者で賑わっている
平成3年に復元された本尊は金箔で全身が覆われている

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千体の小地蔵と四季の花々は有名
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5番 飯泉山 勝福寺 十一面観世音菩薩
神奈川県小田原市
小田原城の鬼門を鎮護するお寺
又四国八十八箇所全部の石佛が並んでいる

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二宮金次郎が18歳の時に参拝した像
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6番 飯上山 長谷寺 十一面観世音菩薩
神奈川県厚木市
鎌倉時代には源頼朝の命で観音堂が造られたが
火災で落ち現在のは1443年に再建された

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7番 金目山 光明寺 聖観世音菩薩
神奈川県平塚市
頼朝の妻政子が実朝出産の時祈願した事から
安産にご利益があるとされ寺の腹帯を受ける人が多い

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8番 妙法山 星谷寺 聖観世音
神奈川県座間市
梵鐘は国指定の文化財になっていて
普通鐘をつくところが表と裏と二つあるがここの鐘は一つで
 日本三奇鐘の一つとされている

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9番 都幾山 慈光寺 千手観世音菩薩
埼玉県比企郡
寺暦は673年と古く慈光が弟子に千手観音像を刻ませて
安置したといわれている

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10番 巌殿山 正法寺 千手観世音菩薩
埼玉県東松山市
沙門逸海が岩窟に千手観音を刻んだのが始まりとも
役行者による修験の道場として開かれたともいわれている

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11番 岩殿山 安楽寺 聖観世音菩薩
埼玉県吉見町
頼朝の異母弟の範頼は平治の乱のあと
安楽寺に稚児僧となって住み
のちに領主となり「吉見御所」と呼ばれた

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12番 華林山 慈恩寺 千手観世音菩薩
埼玉県岩槻市
華林山の由来は慈覚大師がスモモの実を空中に投げたところ
この地に落ちて林になり華が咲き実が成った事によるとされている

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13番 金龍寺 浅草寺 聖観世音菩薩
東京都浅草
知らぬ人はいないほど有名な関東随一の名刹
漁師の三兄弟が隅田川で漁をしていたところ網に観音様がかかり
祀ったのが寺の始まりとされている
平安時代に慈覚大師が来山し柳の木で観音像を刻み
前立本尊として安置してから参拝者が増え大いに栄えた

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14番 瑞応山 弘明寺 十一面観世音菩薩
横浜市弘明寺町(ぐみょうじ)
寺の名前がそのまま町名になっている
縁結び 夫婦和合 商売繁盛に霊験あらたかとされ
毎月八のつく縁日には門前町は特別賑わう

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15番 白岩山 長谷寺 十一面観世音菩薩
群馬県榛名町
坂東霊場記によると行基が 
役行者が修行した跡地に生えていた柳の木で
観音像を造って与えたといわれている
群馬県には妙義山 赤城山 榛名山など山伏の
活躍した山があり伝説も多くある

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16番 五徳山 水澤寺 十一面観世音菩薩
群馬県伊香保町
この観音様は一切の願いを融通するところから
融通観音」とも云われている
水沢山の麓にあるので何時も豊かな水が湧出している

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17番 出流山 満願寺 十一面観世音菩薩
栃木県出流町
下野国の国司若田氏と妻は子宝に恵まれなかったので
満願寺の奥の院に祈願したところ授かったのが
勝道上人で以後子授け安産の菩薩とされている

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奥の院の鍾乳洞は観音様の後ろ姿に似ている
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大悲の滝では一般の人も滝行が出来る
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18番 日光山 中禅寺 千手観世音菩薩
栃木県日光市
勝道上人は男体山に観音の浄土があることを信じ
数度登頂を試みましたが失敗・・
そこで男体山の麓に中禅寺を建て十五年かけて前人未踏の
山頂をきわめる事が出来た

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中禅寺湖  開山の勝道上人が船で中禅寺湖を巡った故事から毎年
6月18日には「観音講」として大法要と船供養が行われる
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8月4日には「船禅項」といって湖畔の霊地を
船で巡拝する儀式がある

19番 天開山 大谷寺 千手観世音菩薩
栃木県宇都宮市
本堂内部の正面の岩に本尊が刻まれている
浮き彫りにした像に朱を塗りさらに金箔を押し付けてあるが
現在は落ちている
計10体の磨崖仏があり国指定の特別史跡と重要文化財の
二重指定を受けている

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この辺りは門塀等の大谷石の産地で
近くには戦争犠牲者の霊を弔うため昭和31年大谷石で立像27mの
平和観音像が建立されている
 
 
 20番 獨鈷山 西明寺 十一面観世音菩薩
栃木県益子町
行基が下野の国に来た時この地を霊地と見て
豊前国に安置してあった本尊を移した

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21番 八溝山 日輪寺 十一面観世音菩薩
茨城県大子町
日輪寺は八溝山の主峰1022mの八合目ほどに位置し
坂東札所中もっとも山深い事から坂東一の難所とされている

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八溝の地名には日本武尊が奥深い原生林を前にして
「この先は闇ぞ」と云ったからとか他色々な説が・・・
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霧に霞む細い山道は車でも心細い感じだった
又南下すると有名な袋田の滝がある

22番 妙福山 佐竹寺 十一面観世音菩薩
茨城県常陸太田
佐竹寺は常陸地方の豪族だった佐竹氏の菩提寺だったが
関が原の合戦で反徳川方となった為秋田に国替えになってしまった
後に常陸に入った水戸光圀公の時代に坂東札所に加えられた

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豪壮な桃山建築の様式美を備えていることで
国指定の重要文化財となっている
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23番 佐白山 観世音寺 千手観世音菩薩
茨城県笠間市
本尊の観音像は毎年4月17日のご開帳でしか仰げないが
優れた仏師の技が冴え渡った寄木造りの優品といわれている
こちらの住職様は大変気さくな方でお茶をもてなしてくださった

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此処は日本三大稲荷の一つ笠間稲荷も有名で
又笠間焼きも知られていて新進作家が活躍している
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陶芸の里
 
 
 24番 雨引山 楽法寺 延命観世音菩薩
茨城県真壁郡
光明皇后がみずから「法華経」一巻を書写して奉納し
無事出産を果たして以来安産の観音様として知られている
多宝塔は「法華経」共々寺宝になっている

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桜 紫陽花 百合 紅葉 どの季節も美しい寺
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25番 筑波山 大御堂 千手観世音菩薩
茨城県つくば市
筑波山は男体と女体の二つの峰を持ちそれぞれ
権現として崇拝されてきた
木像の観音像は昭和12年の山津波で埋没したが
無傷で掘り出されたことから霊力のある観音様ということで
開運や招福願う人々で賑わっている

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筑波山は低山ながら日本百名山の一つで
ガマの油売りの口上でも知られている
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筑波山麓から26番清瀧寺への田園風景は美しい
 
 
 26番 南明山 清瀧寺 聖観世音菩薩
茨城県新治
昭和44年の不審火で山門だけになってしまったが
村人達が坂東札所の復元に立ち上がり
23番の天津忠興住職により寄進を受け
木彫りの素晴らしい観音像を安置する事が出来た

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27番 飯沼山 円福寺 十一面観世音菩薩
千葉県銚子市
銚子観音とも云われ坂東太郎こと利根川の河口にある
この観音さまは漁夫の夢の中に現れて「ひき上げよ」と事で
そのようにすると海中から現れたといわれている

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近くにはわが国屈指の漁港と犬吠崎灯台がある
 
 
 28番 滑河山 龍正院 十一面観世音菩薩
千葉県下総
仁王門は茅葺きの屋根の寄棟造りで国指定重要文化財で
小観音像は仏師定朝が造った4mの観音像の
胎内に収められている

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29番 海上山 千葉寺 十一面観世音菩薩
千葉県千葉市
千葉寺は下総一帯の支配者千葉氏の祈願所だった
昔境内では「千葉笑い」というものがあり
大晦日には仮面で顔を隠した庶民が地主を批判して笑いあったとか・・

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30番 平野山 高蔵寺 聖観世音菩薩
千葉県木更津
現存の本堂は消失後藤原時重が再建した
床下から観音浄土巡りができ本尊を拝観できる
右の写真は入り口

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31番 大悲山 笠森寺 十一面観世音菩薩
千葉県長南町笠森
笠森寺は大変人気のあるお寺で
崖造りは山上の岩の上に高々と組み上げられて
四方を見晴らす事が出来る

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高さ30m床高20mで靴を脱ぎ傾斜45度の階段を登る
日蓮上人も37日間の参拝をし 松尾芭蕉も訪れている
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32番 音羽山 清水寺 千手観世音菩薩
千葉県美隅郡岬町
このお寺へは外房線の長者町駅からいく
海に近いので豊魚を祈る魚師さん達の参拝も多いとか・・

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この駅は無人で検札もなかった
 
33番 補陀洛山 那古寺 千手観世音菩薩
千葉県館山市那古
坂東札所の結願の寺は房総の最南端にあり
境内からは海も望める
生憎観音堂は大改修中のため拝見出来なかったが
観音像は本堂に移され対峙して参拝する事が出来た

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境内                    境内より
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那古船形の駅舎は素朴な木造で
那古寺はここから徒歩15分
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館山駅
 
坂東三十三観音巡礼を友人と二人
マイカーであるいは電車やバス タクシーを乗り継ぎ参拝しました
 
寺歴や寺伝は大変複雑で長くなりますので省略し
簡単に纏めましたが
間違いなどありましたらお知らせください。

2018-05-07

西国三十三観音札所巡礼 満願と善光寺

西国三十三札所巡礼 
 
 一番 那智山 青岸渡寺 如意輪観世音菩薩
和歌山県勝浦町
西国一番の札所は450の階段を上ったところにあり
本堂は柿葺の重厚な建物 推古時代から6回建て替えられたもの
那智山は昔仏道と神道が合体し役行者の修験道の根本道場で
弘法大師や伝教大師が参籠するに至って
霊場として崇敬されるようになった

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すぐ隣にある那智大社
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那智大滝
 
 
 二番 紀三井山 金剛宝寺護国院 十一面観世音菩薩
和歌山市
通称紀三井寺は枯れることのない三つの井戸が
あることからつけられ
二体の観音様と帝釈天は重文に指定されている

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本堂までの坂は230段
豪商の紀の国屋文左衛門は大変親孝行で
母を背負ってお寺に参拝した
石段の途中で下駄の鼻緒が切れて困っていたら 
かよという娘が通りかかり 鼻緒をすげ替えたのが縁で結婚した
そこでこの坂を結縁坂といいわれるようになった
かよの実家の出資金によるみかん船で大儲けをしたという
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テレビや新聞の開花宣言はこの桜から            橋杭岩

 三番 風猛山 粉河寺(こかわでら) 千手千眼観世音菩薩
和歌山県紀ノ川市
無病息災子孫長久のお箸が有名
庄屋の娘が病の時童子が現れ祈祷して重病を治してくれた
「もし用があったら粉河を訪ねよ」といってかよの箸箱を持ち去った
翌年訪ねると小堂の観音様の手に娘の箸箱があった

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名勝粉河庭園は桜や躑躅でも有名 一万五千坪の境内

 四番 槙尾山 施福寺  十一面千手千眼観世音菩薩
大阪府和泉市
昔最盛期には一山八百坊 三千余りの僧がいた

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弘法大師が20歳の時剃髪された愛染堂
この寺へはバスを降りて少し登ると「ここより八丁」
の看板がありかなりの難所
 
五番 紫雲山 葛井寺(ふじいでら) 十一面千手千眼観世音菩薩
大阪府藤井市
荒廃していた寺を嘆いて藤井安基が大修理を行い
この時から藤井寺と呼ばれるようになった
日本最古の天平時代の仏像が安置されている

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六番 壺坂山 南法華寺 千手観世音菩薩
奈良県高取町
通称壺坂寺は眼病に霊験あらたかな寺で
「壺坂霊験記」の盲目の沢市の目を治すため
妻の里がこの寺に祈願して開眼するという
お里と沢市の夫婦愛の物語もこのお寺が舞台になっている

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七番 東光山 岡寺 如意輪観世音菩薩
奈良県明日香村
正式名は「龍蓋寺」で一説によるとこの山に出没して
農民を苦しめていた悪龍を義淵僧正が池に封じ込め
大石で蓋をした事から名づけられた

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八番 豊山 長谷寺 十一面観世音菩薩
奈良県桜井市
約400段の石段を上ると70余りの堂塔伽藍がある美しい寺で
本堂は東大寺に次ぐ大きさ。

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「だだ押し」という火祭りが行われる
閻魔大王の杖で押してもらえば悪魔を退散させ
無病息災を得る事が出来る
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回廊から外舞台へ出れば眺めは絶景

九番  興福寺 南円堂 不空羂策観世音菩薩
奈良市登大路町
興福寺は文化財の宝庫で約5千点にも上るといわれている
藤原一族の氏寺で五重塔は古都奈良に欠かせない風景

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南円堂の観音菩薩様は獣を捕らえる網と魚を釣り上げる糸を持って
人々を救いすべての願いを叶えて下さる観音様

十番 明星山 三室戸寺 千手観世音菩薩
京都府宇治市
平安期には大いに栄えた寺だったが1460年に
火災によりすべて消失 本堂は信長の兵火等で
数度建て替えられた

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参道のかたわらの「浮舟の古墳」
優しい薫と情熱的な匂宮の間で悩み宇治川に身を投げようとしたが
果たせず仏門に入った浮舟の話は有名
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十一番 深雪山 上醍醐寺 准胝観世音菩薩
京都市伏見区
山上近くに井戸があり開山の理源大師聖宝が山に登られた時
老翁が現れて湧き水を汲んで呑み「ああ醍醐味なるかな」
といい聖宝尊師に伽藍の建立を勧めたという
五大堂
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堂内には重要文化財に指定されている
木造五大明王が祀られ 盗難や災害よけの信仰があるとされている
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バスを降りて裏山までタクシーで行き
そこから急坂を登り  西国札所一番の難所といわれている
 
十二番 岩間山 正法寺 千手観世音菩薩
大津市石山内畑町
この寺では縁日に薬湯をたてて誰でも入る事ができる
薬湯は開山の泰澄大師が夢想で得たもので
神経痛リュウマチ冷え性に効果があるという

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小さな池は芭蕉が「古池や蛙飛び込む水の音」
と詠んだ池で句碑もたっている
晩年山つづきの国分山に居を定めて「幻住庵の記」という
作品を書いたが その頃このお寺に参籠して
この句を詠んだといわれている
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十三番 石光山 石山寺 勅封ニ臂如意輪観世音菩薩
大津市石山寺
紫式部が「月のいとはなやかにさしいでたるに・・」と
本堂の一室で源氏物語の須磨の巻から書き始めた事で有名な寺

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平安期には貴族達の遊覧の地となり石山信仰が盛んになった
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名の通り石の多い寺で女性に人気があり
月見亭からは琵琶湖も一望できる

十四番 長等山 園城寺(三井寺) 如意輪観世音菩薩
大津市園城寺町
通称三井寺は絶えることのない霊泉が境内にある
ことから「みいでら」と呼ばれ又別説では
天智 天武 持統の産湯にこの霊泉が
使われたためともいわれている

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日本の音風景百選に選ばれている鐘
 
十五番 新那智山 観音寺 十一面観世音菩薩
京都市東山区
庶民の信仰を集め隆盛を極めた寺
一般に今熊野観音寺呼ばれ後白河法皇の頭痛の持病が
祈願で平癒されたため頭痛中風の観音様として栄えた

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弘法大師がこの地に来られたとき
「ここは観音に縁のある地だから寺を建て観音様を祀り人々を救済せよ」
といわれたので名を聞いたら
「熊野権現である」といって立ち去った
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十六番 音羽山 清水寺 十一面千手千眼観世音菩薩
「清水の舞台から飛び降りる・・」でお馴染みの寺
音羽山から途切れることのない霊水は
わが国十大名水の筆頭にあげられ
金色の水とか延命水とかいわれている

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十七番 補陀洛山 六波羅蜜寺 十一面観世音菩薩
京都市東山区
六波羅とは・・布施 持戒 忍辱 精進 知恵 禅定
(助け合い ルールを守り 耐え忍び はげみ 自己をみつめ
苦楽を乗り越えて実践しなければいけない
頭で分かったというのは知恵ではない
片寄らない道を幸福に向かって進め・・・)

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平家一門の邸宅が六波羅に並び寺も栄えたが
没落に伴って寺も焼けたが仏像は庶民の協力で難を逃れ無事だった
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十八番 紫雲山 頂法寺(池坊) 如意輪観世音菩薩
京都市中京区
池坊専永家元が第45代住職としての任務も全うされている

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遣隋使としての使命を果たして帰朝した小野妹子は
名を専務と改め坊を建て宝前に花を供え
代々それが受け継がれて やがてはわが国の華道として
池坊が確立した
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六角堂は京の町の へそ といわれる中心地にあり
北側には豪壮な生け花の殿堂「池坊」がある
 
十九番 霊ゆう山 行願寺 千手観世音菩薩
京都市中京区
行円上人は激しい気性の方で狩猟を楽しみ一頭の牝鹿を射止めたが
みごもっていて痛みに耐えられず山を転げ落ち
陣痛の苦しみの中渾身の力を振り絞って子を産み
悲しい鳴き声を残しながら息絶えた
これを見た行円は身ぶるいを覚え
心から母鹿にわびる心で仏門に入りこの寺を開いた

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宝物庫に幽霊の絵馬がある
質屋に子守として雇われたおふみは毎日寺に来て
子供を遊ばせているうちに子供はご詠歌を覚えてしまった
主人に怒られたおふみは納屋に閉じ込められ凍死してしまった
両親が探すと亡霊が現れ殺されたことを告げた
両親は供養のために亡霊姿の娘の絵に鏡をはめて奉納した
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二十番 西山 善峯寺 千手観世音菩薩
京都市西京区
応仁の乱で灰塵になったが
その後秀吉や徳川五代将軍綱吉や生母桂昌院に
帰依され再建した

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二十一番 菩提山 穴太寺 聖観世音菩薩
京都府亀岡市
明智光秀の居城亀岡城のあったところで
釈迦涅槃像は有名で
皆になぜられて黒光りしていた

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この寺には安寿姫が厨子王丸に
渡したとされる5センチ足らずの肌守り観音像がある
安寿姫は入水して死ぬが厨子王は盲目の母に
巡りあい孝養を尽くし善政を敷く話は有名である
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二十二番 補陀洛山 総持寺 千手十一面観世音菩薩
大阪府茨木市
開山の政朝の父高房は漁師につかまって殺されようとしている亀を見た
「今日は縁日だ私にその亀を売ってくれないか」と
買って水中にはなしてやった
その後高房の児を誤って水中に落としてしまったが
不思議にも若君は大亀の背に乗って生還したという

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境内の池には亀がいっぱいいた
 
二十三番 応頂山 勝尾寺 十一面千手観世音菩薩
大阪府箕面市
源頼朝 梶原景時 熊谷直実ら信仰し栄えた
その後学徳兼備で名高い法然上人を受け入れ
仏道の興隆や庶民の教化につとめた

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だるまで有名な寺でいたるところにだるまが並んでいる
 
二十四番 紫雲山 中山寺 十一面観世音菩薩
兵庫県宝塚市
安産祈願のお寺で国内だけでなく
海外からの祈願者も増えている

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明治天皇の生母中山一位局が腹帯を受けられ
明治天皇を出産された
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エスカレーターがある
 
二十五番 御嵩山 清水寺 十一面千手観世音菩薩
兵庫県加東郡
標高500メートルの御嶽山は五つの峰からなつている
清水が湧き出た事から付けられた清水寺

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井戸は枯れることがなく「おかげ井戸」と呼ばれて
のぞいて顔が映ると三年長生きが出来るという
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二十六番 法華山 一乗寺 聖観世音菩薩
兵庫県加西市
本堂の天井や柱は江戸時代の納め札(木札)が
一面に打ち付けられた跡がある

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二十七番 書寫山 圓教寺 六臂如意輪観世音菩薩
兵庫県姫路市
西の比叡山ともいわれロープウェイを利用していくと
石垣の上に壮大な舞台造りの摩尼殿がある

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弁慶が鬼若丸と呼ばれていた7歳から10年間修行したのも
この寺で勉強机や弁慶の鏡井戸学問所がある
寺の境内からは遠く姫路城を望むことが出来る
 
 二十八番 成相山 成相寺(橋立観音) 聖観世音菩薩
京都市宮津市
一人の僧が修行中雪が積もって食べ物を運べなくなり
餓死寸前になった
ふと見ると狼に傷つけられた鹿が倒れていた
餓えには勝てず鹿の肉を食べてしまった
罪を観音様にお詫びをしていたところ
食べた肉は実は桧の刻んだものだった
そして観音様を見ると肩先が削り取られていた
又必死に祈ると傷が元通りに「成り合った」ことから
なりあい観音」と呼ばれるようになった

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美人の観音様として有名
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つかずの鐘・・住職が鐘を新造したが二度までも音が出ない
造り直しているときたまたま見物に来ていた母親が
赤ん坊を銅湯の中へ落としてしまった
助けることも出来ず鐘は出来上がったが 赤ん坊の悲鳴が
混ざって聞こえるので余りの哀れさに
この鐘はつかなくなった
境内横の丘からは天の橋立が見える
 
二十九番 青葉山 松尾寺 馬頭観世音菩薩
京都府舞鶴市
西国観音札所中「馬頭観音」はここだけ
開山の中国僧威光上人が諸国を行脚している時
若狭富士とも呼ばれる青葉山の美しい双峰をみて
祖国の馬耳山を思い
二つの峰が馬の耳のように見えるここを霊地と決めた

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三十番 巌金山 宝厳寺 千手千眼観世音菩薩
滋賀県東浅井郡
琵琶湖哀歌 「遠くかすむは彦根城 波に暮れ行く竹生島 
三井の晩鐘音絶えて なみすすりなく浜千鳥」と歌われている
行基菩薩が聖武天皇の願いで島を開き
弁財天と観音様を安置された

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竹生島へは今津港から船で約20分
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かわらを投げてこの鳥居をくぐらせると
望みが叶うといわれている
 
三十一番 いきや山 長命寺 千手十一面観世音菩薩
滋賀県近江八幡市
タクシーに乗り換え上ると急な石段があり
聖徳太子自作といわれる本尊がある

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境内からは琵琶湖が眺められる
 
三十二番 きぬがさ山 観音正寺 千手千眼観世音菩薩
滋賀県安土町
聖徳太子が近江の国を遍歴した時 湖の中から人魚が現れ
「殺生をし仏法を信じなかったためこのような
姿になりました 何とかお助け下さい」と哀願するので
太子が建てたのがこの寺

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三十三番 谷汲山 華厳寺 十一面観世音菩薩
岐阜県揖斐郡
西国札所巡りもここ谷汲山で満願打ち止めなる
寺伝によると奥州会津の大口大領という人が
京都で作らせた観音様を持ち帰る途中
谷汲でその像が動かなくなったため
この地を結縁の地として豊然上人と共に寺をたて
この観音様をお祀りした

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「今までは 親とたのみし おいづるを ぬぎておさむる 美濃の谷汲」
巡礼で使ったおいづるや金剛杖千羽鶴がいっぱい収められている
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満願堂
満願堂で最後の読経の時は皆 涙だった

番外
豊山 法起院
 徳道上人
札所ではないが西国の番外に入っているのは
本尊の徳道上人が西国観音霊場の創始者だからである
「極楽は よそにはあらじ 我が心 同じはちすの へだてやはある」
(幸せは遠いところにあるのではなく自分の心の中にある
あの世の蓮もこの世の蓮も違いはないから幸せな世の中にしましょう)
とご詠歌で謡われています

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番外
 華頂山 元慶寺 薬師如来
京都市山科区
花山法皇を偲ぶ寺
花山法皇は藤原氏の権力争いに巻き込まれ
策略によって出家させられたが
耐えて修行し性空上人を書写山に訪ね熊野に籠り
西国観音霊場復興の大業を成し遂げられた

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東光山 花山院菩提寺 薬師瑠璃光如来
兵庫県三田市
花山法皇が御年41歳で崩御された地
追われた法皇を慕って女房女官達が来たが
山上は女人禁制で上れない
切ない思いを琴に託し揃って弾いたところが
「琴引き坂」として残っている
女人はみんな尼になって麓に小庵を結んで住み
哀しい生涯を終えたといわれている
今も尼寺村と呼ばれ「十二尼の墓」がある

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100観音札所満願お礼参り 善光寺 (2008 1月)
 
善光寺は西暦642に創建
宗派はなく無事に100観音満願出来た時には
お礼参りする事になっています

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牛にひかれて善光寺参り・・・

昔信心の無い強欲な老婆が
川で布をさらしていたところ 何処からか一頭の牛が現れ
角に布を引っ掛けて走りだした。
布を取り戻そうと追い掛け 気がついてみるとそこは善光寺
牛の姿はなく布は如来の前にあった。
牛は如来の化身であることに気づいた老婆は
自分の不信心を悔い如来に手を合わせ
以後度々参拝に訪れたとのこと。

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お上人様の大本願                 本堂
お上人様より満願お祝いのお言葉を頂戴しました

北向観音
南を向く善光寺の阿弥陀様に相対して
北を向く観音様を御祀りしていあり
合わせて参拝すればご利益も倍増するといわれています

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百観音札所巡礼は私にとっても大きな転機でした。
お仲間さんに支えられ友人と共に無事に巡礼出来た事が 今後、生きていく上での大きな糧となればと思っています。
「完」

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